クロムなめし材ゼロへの挑戦

山口産業株式会社は1938年に創業した東京都墨田区の小さななめし工場(タンナー)です。日本で畜産される豚肉の副産物である豚原皮をもとに、皮から革へと鞣し(なめし)をして皮革素材を生産し、靴やバッグなどのメーカーやブランドに供給することが主な仕事です。

1990年ごろに、父である先代社長・山口宗利が、古来から伝わる植物タンニンなめし剤を主原料とすることで人と自然と環境にやさしい“ラセッテーなめし製法”を開発し、世界的にも主流であり当社も創業以来使用していた重金属系のクロムなめし剤をゼロとして、いつかは生産する全ての革素材をラセッテーなめし革にしたいと親子で目標を立ててきました。

そのような折、海外のなめし工場地帯でクロム排水による土壌汚染や、工場で働く職人そして近隣住民の健康被害の問題を新聞記事で知りました。私は、当社のラセッテーなめし製法を伝えたら、そのような問題はすぐに解決できるのに!と様々な方に技術移転の相談を始めました。

しかし私を含めて従業員4名の小さな下町工場である当社が、唯一持つ技術を同業他社に伝えていくことには沢山の反対や意見がありました。「知的財産として権利を保ち、国際特許を取らねばならない」「もしも不正に権利を侵害されたら、その国に行って訴訟を起こすべきだ」とか、「どうやって言葉も通じない国に、どうやって費用を捻出して行くのか」「技術指導に行っている間の自社工場の生産作業はどうするんだ」など。

そこで約5年前の2015年に父から代表職を継ぐタイミングで決心を固めて、MONYプロジェクトの前身であるワールド・レザー・プロジェクトを立ち上げました。
皮革業界の方や専門知識、特にSDGsの観点からアドバイスをしてくれる方々も途中から協議に加わり、そこで決めたことは
「当社自身がクロムなめしの生産を廃止し、ラセッテーなめしのみ行う工場となること」
「ラセッテー技術の不当な再販売防止のために、あえて技術は最初から無償で伝えること」
「世界中に広めるために、国同士が事業を担保してくれる制度からスタートすること」
「広めた先の国の職人が、また次の国へと伝えて行けるように製法レシピの簡素化と品質管理のシステムを築くこと」。

そのような折に、すでにJICAを通じてモンゴル国に様々な支援や調査を実施していたコンサルティング企業から声がかかり、JICA民間連携事業に申請をして採択を得て、モンゴル国からスタートすることになりました。

そんな矢先にコロナショックが起こり、私達の業界も大きなダメージを受けました。海外ブランドからの発注も減少し、渡航もできない中で、改めて地球人としてどう次世代に未来をつなぐかということを見つめなおすきっかけになりました。
ポストコロナに向けて、人と自然と環境にやさしい革を普及させ、誰一人取り残さない健康づくりにつなげられたらという想いで事業に取り組んでいます。

JICA民間連携事業では、まずはモンゴル国にある約30件のタンナーからスタートしました。単なる技術のみの支援活動にはしたくなかったため、私は同国のタンナー経営者や現場職人そして政府関係者とも徹底的にコミュニケーションを図り、「なぜ必要なのか?」「我々は何を目指しているのか?」という目的と目標を共有するために最大限に時間を費やしました。

すでに長年、羊やヤギの皮をなめしている工場の職人たちに新しいレシピを伝えれば、ほぼモンゴルの原皮でもラセッテーレザーが完成する目算があり、それよりもこの活動の意義を知り、そして世界中に広めてもらわなければならない本来目的を共有してもらう必要があったためです。

時間を割いて何度も何度も情報を伝え、夢を語り合ったことが功を奏し、彼らから「モンゴル国の“MON”と山口の“Y”で”MONY“と名付けようよ!」と提案をしてくれて、私たちは目的と目標を共有するチームとなることが出来ました。

モンゴル5畜と言われるモンゴル国の「羊・ヤギ・牛・馬・ラクダ」の原料皮は、日本の国土の4倍もの広さの中で、主にゲルで遊牧をする牧民により大量にほぼ放牧(動物のストレスが無い)の状態で畜産されており、とても上質で貴重な資源になります。

しかし、JICA調査を通じて知り得た情報では、海外の流通業者によって二束三文でクロムなめし革として大量に取引されていたり、原料皮の状態のままで輸出され資源が流出していることがわかりました。
また人工皮革やファスト・ファッションが主流の現在、柔らかくしなやかな感触を持ち、人や自然にやさしい革が出来たとしても、羊革の表面的な見た目を変えることは出来ず、さらに国を通じて技術支援を後進国に行ったとなると、どうしてもブランドやメーカーからは「同種の革よりも安いなら考えてもいい」「それを使えば製品が売れるのか?」など残念な質問も想定しなければなりません。

そこで、MONYチームとしてモンゴル国皮革産業と日本の国内マーケットとの連携を期待された私は、まずは皮革素材として日本国内のブランドやメーカーに見せる前に、直接消費者の皆さまにMONYレザーを製品として実用的に使用できる形にして、風合いや取り組みを披露して行こうと考えました。そして現地の縫製工場と協議や試作品の試行錯誤を繰り返して完成したのが「MONYクッション」でした。

MONYクッションを日本に紹介するため、クラウドファンディングを実施することになりました。
ラグビーのフェアプレーの精神に共感し、ラグビーボール型にしたものの、この手触りや風合い、革の上質さを伝えるために、ただ自宅に飾るだけではなかなか共感が得られないと考えていた時、「持続可能な地球を
次世代の子ども達につなぐ」というプロジェクトビジョンに則って、クッションを使った健康づくりに使えないかと考え始めました。

コロナ感染拡大で閉塞感が続く中、出来るだけ明るく楽しいイメージで広めたい、そんな想いの中でめぐりあったのが、ラグッパ体操を推進しているラグビー元日本代表の佐々木隆道さんでした。
ラグッパ体操とは、「ラグビーで心と心を繋ぎ、社会をパッと明るくしたい。」という思いが込められたラグビー体操です。ラグビーの動きとラグビー文化を元に、日本を代表するトレーナーのメソッドを取り入れて、佐々木さんが考案した子供からシニア世代まで誰でも簡単にできる体操エクササイズです。

つづく

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